頼ってもらったときに、ちゃんと助けられる人でありたい-エンジニア・青山 桃佳|東京のWEB制作会社・ホームページ制作会社|株式会社GIG

頼ってもらったときに、ちゃんと助けられる人でありたい-エンジニア・青山 桃佳

2024-02-15 カルチャー

株式会社GIGの社員に、入社前のキャリアから入社後の仕事、これからの未来を聞いていくメンバーインタビュー。第73回は、エンジニアの青山 桃佳さんにお話を伺いました。

青山桃佳(あおやま ももか):フロントエンドエンジニア。中央大学を卒業後、Web広告代理店でエンジニアとしてサイト制作の経験を積んだのち、2022年10月にGIGに入社。現在はサービス開発事業部のエンジニアとして、クライアントワークを行なっている。

エンジニアになったきっかけは、留学先での出会い

—青山さんは、第二新卒でGIGに入社されました。まずは、学生時代のことから教えてください。

大学付属の高校に通っていて、そのままエスカレーター式に進学しました。高校時代からの友人がいたこともあって、サークルなどにも在籍せず、バイトに明け暮れる生活を2年生まで続けていたんです。ただ、3年生になったとき「このまま就活を始めたら終わりだ」と感じ、1年休学して留学することにしました。

—なぜ留学に行こうと考えたのですか?

海外の映画が好きなんです。ただ、一つずっと気になっていることがあって。

海外映画が日本で放映されるとき、原題とは異なる邦題がつくじゃないですか。その題名になんというか……違和感を感じることが多くて、変えてやりたいと当時は思っていたんですよ。

ただ、将来的に配給会社に行くにしても、まずは英語ができないとダメだよなということで留学を決めました。

—留学はどうでしたか?

本当に楽しかったですね。フィリピンとオーストラリアの2カ国に合計半年ほど留学して、現地や留学生の友人ができたことで、視野が広がったように思います。

自分のやりたいことをやっている、自分のやりたいようにちゃんと生きている人たちばかりで、「自分もどう生きたっていいんだ」と肩の荷が降りたというか、ほっとした感じがありました。

エンジニアになることを決めたのも、この留学がきっかけでしたね。

—明確な目標が見つかったのですね。どのようなきっかけだったのでしょうか?

私がオーストラリアで通っていた語学学校の近所に、GoogleなどIT系の会社が集まっている場所があって、そこで働くエンジニアの方も語学学校に通っていたんです。オーストラリア勤務になったけれど、英語が喋れないといった理由で。

学校では、そういったエンジニアの方と話す機会も多く、その自由で柔軟な人生観や生き方、働き方に憧れるようになりました。世界共通のスキルであるプログラミングにも惹かれ、帰国後に行った就活では最終的にエンジニアとして広告代理店に入社しました。

エンジニアのことを考えてくれる会社に入りたかった

—GIGに入るまでの経緯について教えてください。

前職ではWordPressを活用したランディングページやキャンペーンサイトなどのコーディングを行っていました。

ただ、小さな会社だったので、教育してくれるエンジニアの上司は1人。担当するプロジェクトのジャンルも流れもだいたい決まっていたこともあり、入社して1年半ほど経ったときに「ここで学べるものは、もう学んだかなぁ」とただただ作業を進めている感覚になってきてしまって。新しいスキルやチャレンジングなプロジェクトに挑戦してみたいと思い、転職を決めました。

—どのような会社に転職したいと考えていましたか?

前職が15人規模の会社だったので、今度は100人規模くらいの会社を経験したいというのが1つ。

もう一つは、エンジニアを重視してくれる会社かどうか。エンジニアが多数在籍しているか、働きやすさはどうか、技術に対する考えはどうかなど、ちゃんとエンジニアについて考えてくれている会社に入社したいと思っていましたね。

—GIGに応募しようと思った理由を教えてください。

最初にいいなと思ったポイントは、会社のことを積極的に発信している点でした。いま会社がどういう状態で、どんなチームがあって、どういう人が働いているかなどが、事前に分かったので安心感がありましたね。

あと面白いと思ったのは、独自のCMS『Leadgrid』を開発していること。WordPressという王者のようなサービスがある領域で、オリジナルを開発し挑戦していて、しかも実際に多くの会社に導入されているのがすごいなと。開発力の高いエンジニアがいるんだろうと分かり、ここで学べれば力がつきそうと感じたことが入社の決め手になりました。

留学に行ったときと同じような安心感がGIGにはある

—入社後のギャップはありましたか?

ギャップはなかったですね。むしろ最初は、自分が馴染めるかなとは思っていたんですよ。これまで思いつきで休学したり突然エンジニアを目指したりと突飛な行動ばかりしていて、私のバックグラウンドは少し変わっていると感じていたので。

でも、GIGには私以上に変わっている人がたくさんいました(笑)。留学に行ったときと同じような安心感があったんですよね。私、全然普通だなっていう。

それにGIGにはいろんな人がいるけれど、みんな少し似ています。その人たちが作る空気感が個人的にはすごく居心地がいいですね。

—GIGにはどんな人が多いと感じていますか?

好奇心が強い人、仕事も私生活も楽しんでいる人が多い気がします。

とくに、エンジニアやデザイナーの方は専門領域にちゃんとこだわりをもっている人ばかりだなと。たとえば、常にいろんなアプリを触って良い点悪い点をまとめている人や新しい技術のことに異常に詳しい人、展示会に行きまくっていたり、SNSで発信したりしている人。

みんな自分の専門領域に対してインプットとアウトプットを欠かさず、マニアックに追求していて。いい意味で趣味の延長線上で働いている人がたくさんいます。

誰かをちゃんと助けられる人になりたい

—GIGに入社して成長を感じたエピソードはありますか?

忘れられないプロジェクトがあります。フロントエンドエンジニアとしてGIGに入社して半年経ったころ、マネージャーに「チャレンジ案件やってみる?」という打診をもらったんです。「やります、頑張ります」と意気揚々と参加したそのプロジェクトが想定していたよりとてもハードでした。

制作するページ数としては5枚くらいだったのですが、ユーザー体験にかなり注力した新規サイト制作のプロジェクトで、ページ遷移をすべて非同期遷移で行ったり、アニメーションなどにもこだわったりと実装難易度が高く、規模としても大きなプロジェクトだったんです。

—それは、かなりプレッシャーが大きそうですね。

前職では基本的なWeb制作ばかり担当していたので、特異なアニメーションや新しい技術を取り入れることもほとんどなく……だから、このプロジェクトは私にとってはまさしく“挑戦”で、正直辛く感じる瞬間もありました。しかし、制作が完了したいま、振り返ってみるとスキル面もマインド面も一回り以上成長したと感じています。

何より私にとって大きな学びだったのが、人を頼るということ。マネージャーやデザイナー、ディレクターの方のサポートをもらわなければ、このプロジェクトをやり通すことはできませんでした。本当に、いろんな方に助けてもらったんです。

これまでずっと、自分は1人で戦わなくちゃと感じていました。でも、GIGに入社して、人を頼っても大丈夫だし、辛いときは誰かに頼るべきなんだと気づいて。そして、頼ってもらったときには、ちゃんと助けられるような人でいたいとも考えるようになりました。これまで助けてもらった分、今度は私が誰かを助けることができたらいいなと思っています。

—最後に、青山さんの今後の目標を教えてください。

テクニカルディレクターになることが、いまの夢です。

現在のエンジニアの仕事ももちろん楽しいのですが、クライアントとのコミュニケーションや設計、プロジェクトマネジメントにおいても、エンジニアの知識があるから気付けること、提案できることがあるとも考えていて。いつか、その領域に挑戦してみたいんです。

この夢を叶えるために、誰かを助けられる人になるために、いまはひたすらにスキルを磨いています。

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GIG BLOG編集部

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